北の魔女と手仕事
小さな頃から森で暮らすことが夢でした。
記憶に残っているのは幼い頃に読んだ絵本「アップルおばさんのアップルパイ」。
森に住むアップルおばさんが、動物たちと一緒にアップルパイを作る話です。
私もいつか森のそばに住んで、庭でとれたリンゴでアップルパイを作りたい…小さな頃からそう思っていました。
前回のエッセイで書かせていただいたように、私は2022年1月から7月までデンマークのスカルス手芸学校に留学をしていました。
学校の周りを少し歩くと、菜の花畑や牧場が広がる自然豊かな田舎町で、手仕事を楽しみながら半年間を過ごしました。
今回は留学中に何度か遊びに行かせていただいた、森に住む素敵な女性の暮らしについて書かせていただきます。
彼女の家は学校があるスカルスの中心地から徒歩40分ほどの緑の丘と美しいフィヨルドに囲まれた場所にあります。
おとぎ話に出て来そうな可愛らしい赤い家はなんと築250年とのこと。(日本は江戸時代です!)
この家でご主人と2匹のゴールデンレトリバー、1匹の野良猫と暮らしています。
広々とした庭には小さな畑とビニールハウスがあり、春になると苗を植えてジャガイモやネギ、イチゴやトマトなどの家庭菜園を楽しんでいます。
昔スカルス手芸学校の講師コースの生徒だった彼女は、日々の暮らしのなかで織り・染め・編み物などを楽しんでいます。
私の心を鷲掴みにしたのはなんといってもダイニングルームに置かれた大きな織り機です。
家の中心に置かれた織り機はまさに手仕事が生活の中に溶け込んでいるようでした。
この織り機の他にも、小さなベルト織り機と、卓上織り機を持っています。
私が心惹かれた作品は、卓上織り機で織っていたこちらの作品です。
森でみつけた植物を織り込んだ作品は、自然が作り出す造形を愛している彼女ならではの、気取らない美しさがありました。
また家の奥には心躍る糸部屋があり、クルミや苔で染めた優しい色合いの糸がたくさんストックされていました。
日々の自然の移り変わりを肌で感じ、植物の成長に喜びを見つけ、純粋に手仕事を楽しむ。
なんて豊かな暮らしだろうと思いました。
最後に思い出に残っているエピソードをひとつ。
彼女の家に遊びに行き、近くの森を一緒に散歩した時のことです。
麦畑の麦をぷちっと一房ちぎり、食べてみてごらんと彼女は言いました。
生の麦が食べれることに驚きながら数粒食べてみると、香ばしい風味が口の中に広がりました。
スナック菓子みたいだね!と笑いながら、なんだか小学生に戻ったような気分で私は楽しくなりました。
道なき道を草木をかき分けながらズンズン進み、変わった形の木の実を見つけては手に取り感触を確かめて、匂いを嗅ぐ。
食べられる実や葉っぱを見つけたら、口に入れてみる。
あなたは植物について沢山のことを知っているし、なんでも触って食べてみるし、東京育ちの私には驚くことばかりだよと伝えると、彼女はいたずらっぽく笑って「昔幼稚園で働いていた時、子どもたちから魔女って呼ばれていたのよ」と言いました。
北に住む優しい魔女の暮らしは、わたしが小さな頃に憧れていた暮らしそのものでした。
【筆者プロフィール】長澤舞香(ナガサワ マイカ)
美術系の学科を卒業後、アパレル企業に勤務。
2017年に手織工房じょうたにて「さをり織り」と出会い手織り作品の制作をはじめる。
2022年からデンマークのスカルス手芸学校に半年間留学し、手織り、編み物、刺繍など手芸全般を学ぶ。
現在は手芸店で働きながら、atelier cotton houseとして作品制作をしている。
Instagram/ @ateliercottonhouse
Photo & Text :Maika NAGASAWA
→長澤舞香さんのエッセイはこちらから