【瀧 睦子さんプロフィール】
女子美術大学 芸術学部 日本画専攻卒業。2018年福島県大沼郡昭和村で1年間からむし織体験生として滞在。
その後3年間、研修生制度でさらに実践的にからむしの栽培から糸づくりに関わる。
研修生終了後も引き続き昭和村に暮らし、地域の人々と協働でからむしの栽培、糸づくり、織に携わっている。
◉Instagram ID: @tomok0mok0
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<からむしについて>
からむしはイラクサ科の多年草で繊維を「からむし引き」して取り出し「からむし績み」してつくられる。
昭和村ではからむしを栽培生産し、貴重な換金作物として越後上布や小千谷縮の原料としても出荷している。昭和村は上布となる上質なからむし生産地である。
<からむしの栽培から糸づくりまで>
二十四節気の小満・5月20日頃、畑の芽ぞろえする為に「からむし焼き」を行う。育つと2mほどの高さに成長したからむしは、畑の周囲にガヤを立てて垣を作り、風や害獣から守り品質を保つ。(近年では囲いと網ネットなどで代用する農家もある。)
収穫は7月20日頃からお盆頃にかけて、早朝や夕方に行うところが多い。品質により分けて束ねられる。
刈り取ったからむしは、2時間ほど水に浸し、皮を剥ぎ、束ねて再度浸水させ、外側の皮を除き中の繊維を取り出す「からむし引き」をすると光沢のある美しい繊維がとれる。
取り出した繊維を束にして竿にかけて陰干しして乾かす。その繊維を細かく割いて糸を繋いでいくからむし績みをしてからむしの糸がつくられる。
◉瀧睦子さんと昭和村のからむしとの出会い
瀧睦子さんは東京生まれ、東京育ち。祖母は趣味で友禅染を、曾祖母は仕事で着物の仕立てをしている家系でした。
瀧さん自身も小さい頃から絵を描いたり手を動かしてものを作ったりすることが好きで、小学生の頃は編み物に熱中していました。
美術大学に入学し、日本画を専攻。ある授業で昭和村のからむし栽培について学ぶ機会がありました。
「人間の背丈よりも高い植物を男性が刈り取っている写真を見て、こんなすごいことをしているところがあるのだな、と思ったことを覚えています。」
大学卒業後、企業に就職。忙しく働いていましたが、夏に尾道で和綿の糸作りワークショップが開催されていること知ります。瀧さんは学生時代に興味を持った からむしの糸づくりを思い出し、仕事の夏休みを利用して軽い気持ちで和綿の糸づくりに参加。自分が予想していた以上に熱中して取り組みました。
東京に戻り、昭和村の「からむし織体験生事業(通称:織姫制度)<以下:体験生>に応募し、面接を経て採用されました。体験生への応募には母の後押しもあり、迷いは無かったとのこと。
「体験生への応募前、昭和村の下見もしませんでした。
大学時代にからむし刈り取りの写真を見て「すごい」と感じた印象と、糸づくりをやりたいという気持ちだけで飛び込んでしまいました。」
さらに次のように話します。
「小さい頃から、家族の影響でいくつかの織物ワークショップなどで手仕事を体験してきました。その体験や、大学時代に見た写真、綿の糸づくりワークショップへの参加など、いろいろな小さなことが積み重なって私を昭和村のからむしへと導いてくれたように思います。」
◉昭和村での暮らしと体験生・研修生時代
体験生として昭和村に来た人には、生活に関わることや村の人とのコミュニケーションをアテンドしてくれる村役場の人が付きます。様々なサポートをしてもらい村の暮らしに慣れていきます。
瀧さんが体験生として採用された年は、瀧さんを含め4名が共同生活をしました。
5月から翌年3月まで約一年を通し、からむしの栽培から織りまでのひと通りの工程を体験します。その合間に村の行事に参加したり、野菜を作ったりしながら村の人との交流を深めていきました。
体験生として暮らし始めた頃を瀧さんは次のように振り返ります。
「糸づくりや織りをやりたい気持ちだけで飛び出してきてしまいましたがコンビニも自動販売機もなく、夜になると真っ暗になるような土地。
そういうところで本当に一年間生活できるのかなとは思いましたが、実際に暮らしてみると意外にスムーズに溶け込んでいけたように思います。
用意してもらっていた課程や山村生活を体験し、村や村の人のことを知ろうとしているうちに一年目はあっという間に時間が過ぎていきました。」
体験生終了後も、瀧さんは研修生制度を利用して昭和村で暮らすことを選びました。
2年目から4年目までは研修生制度が用意されていて、村で生活していけるように環境を整えるサポートも受けられます。しかし、自分で住居を探し、引き続き からむしに携わっていくための生活を自分でも構築する必要があるのです。
からむし生産技術保存協会が管理している畑もありますが、それとは別に、自分から村の人と交流し、からむし栽培をさせてもらえる畑を探して からむし栽培を手伝うという研究生としてのカリキュラムにありました。
「私はコミュニケーションを取ることが苦手でしたが、村の人たちがとても温かいので何かと親切にお世話してくださいました。」と瀧さんは言います。
研修生は1週間のうち最低何日間かは決められた場所で からむし績みをするというルールがありましたが、それ以外は村で興味を持ったことはなんでもやってみてよいという環境でした。
また、研修生には毎月報奨費が支給されますが、商業施設やその他のアルバイトをすることも認められています。瀧さんは主に「からむし工芸博物館」で受付の仕事をしていました。
からむし栽培は二十四節季に沿って栽培、収穫のスケジュールが定められています。
「からむしの糸づくりでは、古くから伝わることをとても大切にしています。そういうところがとても魅力的ですよね。」と瀧さんは言います。
瀧さんの案内でからむし生産技術保存協会の畑から採れた からむしを、体験生と経験者が体育館に集ってからむし引きをしているところを見学させていただきました。
◉からむしの刈り取り
瀧さんは、からむし織関連伝統技術保持者の酒井モト子さんのからむし畑の栽培・刈り取りの手伝いをしています。酒井さんの畑のからむしの刈り取り作業を見せてくださいました。
成長したからむしはカマで一本ずつ刈り取ります。瀧さんがどんどん刈り取ったからむしを酒井さんが受け取り、葉を落として品質によって「おや苧」「かげ苧」「ワタクシ」に分けて束ねて切り揃え、すぐに清水に浸します。
瀧さんと酒井さんは、からむしのこと、暮らしのことなどを和気あいあいとおしゃべりしながら手早く仕事を進めていました。あっという間にその日の収穫区画の作業が終了。
通常は男性の仕事ですが、酒井さんは刈り取りから 皮はぎ までをこなしています。
瀧さんは、酒井さんが皮をはいで浸水しているものを翌日受け取り、 からむし引き をします。
◉からむし引き
瀧さんが研修生の頃から借りている家はかつて麹屋をしていました。入り口には土間があり、奥の部屋には麹むろがありました。おもむきを感じられる歴史ある家です。
大家さんのお祖母さんもかつては からむし引きをしていて、現在瀧さんが使用している「ひき舟」と呼ばれる木製の台は当時使用していたもの。栗の木でできていて、硬く、水に強く、引きやすいとのことです。
からむしは畑で育成中に風や虫によって傷が付くと、繊維にした時そこから裂けてしまうことがあります。
また、一本ごとに性質が異なっているので、それぞれの様子を見ながら力加減を変えたり角度を変えたり工夫しながら引いていきます。
からむし引き は力加減が重要で、強すぎても弱すぎてもいけないとのこと。
大ベテランの方も、一回の苧引きで満足できる出来栄えのものは数本あれば良いというくらい難しいものだそうです。
出荷の際に、品質によって買い取りの値段が異なるのでひいた からむしは品質によって分けて束ねます。
◉手がらみから糸へ 糸から布へ
割いた からむしの繊維をまとめた「手がらみ」。繊維が絡まることなく、裂きやすくなるようにまとめられています。
からむし の繊維は水に5~10分ほど浸して割いて行きますが、水に濡れても手がらみの状態にしてあることでひっ掛かることなく1本ずつ取り出せます。からむし の糸は向きが大切で、根本部分から上に向かって割いていきます。
冬の間は糸績みと織りの期間。瀧さんは、最近上布になる様な細い糸づくりにも挑戦しています。
からむしの糸は乾燥に弱いので織っている間は湿度を与えながら織ります。雪が降ると一日を通して湿度が変わらないので織りに適しています。
からむし織の布はハリがあり、吸湿性、速乾性に優れており、手績みした糸で織った布には独特の風合いがあります。
◉瀧 睦子さんのこれから
瀧さんは現在、酒井モト子さんの畑の手伝いと、株式会社奥会津昭和村振興公社に作った糸を納める仕事をしています。
取材に伺った7月下旬は、からむしの刈り取り、苧引きの最盛期。からむしに関わる村の人々が忙しく働いている時期でした。瀧さん自身も早朝、夕方の刈り取りに加え、昼夜、からむし引き を精力的に行っていました。
「どうしてもその日のうちにやらないといけない事があり、この時期は からむしに関わる人たちは皆忙しくしています。気をつけていても、ご飯を食べることも忘れて からむしのことをやってしまいがちです。
私がからむしの畑を手伝わせてもらっているモト子さんは、畑で採れた野菜を分けてくださったり、ご飯を食べさせてくださったりと何かと気遣ってくださっています。
この時期は体力的には大変なこともありますがモト子さんをはじめ、村で からむしに関わる人たちとの繋がりでやれているのだとありがたく思っています。」
「瀧さんはなぜこんなに からむしに惹かれているのでしょうか」と尋ねてみました。
「体験生として昭和村へ来て からむしに関わるようになり、私はものづくりをすることをやりたかったのだなと改めて実感しました。
からむし の魅力は、畑での栽培から織りまで全てのことに自分が関わってできるところです。
からむし そのものの魅力を引き出せる糸づくりも、織りも、畑のことも地道な作業ですが自の性格に合っているなと思います。からむし に出会い、飛び込んでみて本当に良かったと思っています。
からむし は、私が思うようにいかないことが少なからずあるのです。そんなところも魅力でしょうか。
すべてはからむし次第。からむしに自分の身を委ねているような、そんな感じもします。
からむし は多年草なので、根っこがあればいつまでも芽が出ます。
これまでずっと根っこを大事に守って続けてきた人がいる。だから今こうして私たちが からむし をやれているのです。その人たちのやってきたことに、私はどのくらい貢献できるのだろうと考えています。」
と話してくださいました。
最後に、瀧さんがこれからどのように からむし と関わっていきたいのかも尋ねました。
「今は、からむし ひきも糸づくりも、もっと上手になりたいです。私の技術は、長い時間をかけてやってきた先輩方の技術にはまだまだ届いていないと思っています。
昭和村に来て5年間経ってようやく一連の流れが身についてきたところです。
その年その年で気候条件やその他の条件が異なるので、からむし に翻弄されて終わる年もあります。
これからも、続けていくことが大事だと思っています。
からむし に関わってきて身についてきた糸づくりや織りの技術をもっともっと自分のものにしていきたいです。
たくさんの経験を積んで、良い糸づくりをして からむし織 を続けていきたい。
それが今、一番私の目指すところです。」と話して下さいました。
長い時間と人々の手間をかけて作り出される、からむし栽培から からむし織りまでの道のり。
からむし に関わる方々の地道でひたむきな仕事ぶりに感じ入ります。
インタビュー中も手を休めることなく からむし引き をしながら、瀧さんが からむし の糸づくりや からむし織 にかける熱い思いを静かに話してくださった横顔がとても印象的でした。
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取材協力:昭和村からむし生産技術保存協会
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◉参考図書
「別冊太陽 日本の自然布」平凡社出版
「草木布I」竹内淳子著 法政大学出版局
「苧麻・絹・木綿の社会史」永原慶二著 吉川弘文館
「MY GARDEN 2020年秋号 No.96」マルモ出版
「織物の原風景 ―樹皮と草皮の布と機―」長野五郎・ひろいのぶこ著 紫紅社出版
[取材・撮影]: 遠藤ちえ / 遠藤写真事務所 @chie3endo