Interview05/ 染織家 大苗 愛さん



【大苗 愛さんプロフィール】

1991年 茨城県に生まれる

2003年 茗溪学園中学校高等学校入学(28回生、美術部所属)

2006年 この頃から社会科の阿部きよ子先生のご紹介で清水美実氏より、木綿の糸紡ぎ、染色、原始機の手ほどきを受ける

2007年 個人課題研究のテーマに「染織に関する文献を読み、自らも染織の技術を習得する 〜日本の伝統技術を考える〜」を選択、益子の日下田紺屋・日下田正氏、京都の新道弘之氏、京都の大原工房・上田寿一氏を訪ねる

2009年 茗溪学園中学校高等学校卒業

     同志社大学文学部国文学科入学、京都に移住

     この頃から星野利枝氏に原始機の技法(主にグアテマラのもの)を学ぶ

2013年 同志社大学文学部国文学科卒業

2013年 同志社大学総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーションコース入学

     9月 兵庫県の丹波布伝承館短期教室に参加

2014年 6月〜 島根県安来市の出雲織工房で2年間の研修

     主に弓浜地域の木綿経緯絣の技法を学ぶ

     研修期間中に縁あって織道具一式をいただく

2016年 6月〜 京都市北区にて工房兼住居を借りる

2018年 同志社大学総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーションコース博士前期課程終了

修士論文のテーマは「手織り職人としてのキャリア形成を通じた暮らし方変革

の実践的研究」

2019年 滋賀県大津市に拠点を移す

2022年 京都市右京区・京北に暮らし、畑・制作の拠点を移す




手仕事や染織に興味を持ったきっかけについて教えてください

―大苗さん

15歳くらいから着物文化に興味がありました。私の母方の祖父が丹後出身で呉服の仕事をしていたということもあり、私が生まれる前には店は閉めていたのですが、自分の中でずっとそのことが気になっていました。

 

茨城県・つくば市で育ち、茗溪(めいけい)学園中学校高等学校へ進学しました。ここは学業だけではなく美術にも力を入れている学校で、毎年開催されていた美術部の展覧会が素晴らしく、私も絵を描きたいと思って入学しました。その頃は美大に進学するつもりで美術部に所属していました。


―大苗さん

中学3年生の時に学校の図書館で志村ふくみさんと鶴見和子さんの対談集『いのちを纏う』(藤原書店)を読み、着物ってすごいなと思いました。そして、着物を織るということをしてみたくなりました。

 

茗溪学園には自由にテーマを決めて高校2年時次の1年間をかけて研究し、発表するという「個人課題研究」というカリキュラムがありました。私は「布を織る」をテーマにしました。それが私の染織仕事の始まりですね。

でも、思い返してみれば小さい頃から地域の博物館で糸紡ぎ体験をしたり、小学生の頃の自由研究も蚕の研究や、フェルト作りをテーマとして選んでいましたね。

 

最近引越ししたのですが、荷物の整理をしていたら色々なところから繊維にまつわるのもが出てきました。興味があることは子供の頃からずっと同じだったんだなと再認識しました。

 

 

「個人課題研究」では『上村六郎染色著作集』を読むことも課題に据えていたのですが、結局全部は読めていないです。実技の紡ぎ、染め、織りばかり一生懸命やっていましたね。

 

織りはその頃教えて下さっていた方が「原始機でやったら良いよ。」と教えてくださって原始機で布を織りました。本当は浴衣とかができると良かったのですが、とてもそこまではできませんでした。

▲左:高校在籍時にまとめたレポート「染織に関する文献を読み、自らも染織の技術を習得する」中:レポート作成時、最終制作として、長さと幅のある木綿の手紡ぎ手織りに挑戦した布 右:レポート作成時に初めて木綿の手紡ぎの糸で織った布
▲左:高校在籍時にまとめたレポート「染織に関する文献を読み、自らも染織の技術を習得する」中:レポート作成時、最終制作として、長さと幅のある木綿の手紡ぎ手織りに挑戦した布 右:レポート作成時に初めて木綿の手紡ぎの糸で織った布

 

完成した布は今見るとすごく良い布だなと思うのですが、当時はもっと細い糸で緻密なつやっとした布を織りたいと思っていたので、これは布には至っていないという感覚でした。でも、今見ると良い風合いでひたむきさや一生懸命さを感じる布だと思います。

 

その時々で目指すものは少しずつ違っているのですが、今はわざわざ手紡ぎして作るからにはそういう布を目指したいと思って作品作りをしています。

高校生の時に紡ぎも染めもして布を織ったのですね。

1年間という短い期間でよく完成させましたね。

―大苗さん

私は自分で紡いだ糸を持って染めを教えてくれるところに行って、教えてもらいながら糸を染めました。その糸を自分でランダムに配置して織っています。

私に糸紡ぎや染織の基本を教えてくださった方は、地域の博物館で昔の裂を復元するような活動をしていたグループに所属されていました。教えてくださる方との良い出会いで完成出来たのだと思います。

―その後、大学は京都の同志社大学、同大学院へ進学されたのですね。

どのような勉強をされたのですか?

―大苗さん

地元を離れてみたいと思い京都の同志社大学へ進学しました。大学では国文学を学び、卒業後、大学院では総合政策科学研究科のソーシャル・イノベーションコースへ進みました。

 

社会問題をピックアップしてその解決手立てを考えるソーシャル・アントレプレナーを排出しようという研究科でしたので、論文をまとめるということよりは、どのような活動をしているかが重視されていました。

 

私は島根県に2年間の研修に行ったことと、その後のワークショップ開催などをまとめた論文を書きました。「なぜ織りをするのか」ということを自分の中で考えてまとめたものです。

▲修士のテーマは「手織り職人としてのキャリア形成を通じた暮らし方変革の実践的研究」。
▲修士のテーマは「手織り職人としてのキャリア形成を通じた暮らし方変革の実践的研究」。

高校の時に益子の日下田紺屋でお話を聞かせていただいたことがあります。代表の日下田正さんという方が益子で木綿を育て、紡いで織ってということを大事にされていました。

 

そこで日下田さんから民藝運動のことを本格的に教えていただきました。益子は民藝運動で有名な濱田庄司さんが住んでいたこともあり、なんとなく知ってはいたのですが、日下田さんのところで薦めていただいた本を読んだり、自分でも調べたりする中で民藝運動の考え方にはとても共感することが多いと思いました。その頃から自分の中で民藝という考え方を大事にしています。

 

中でも、柳宗悦の述べている「手仕事を大事にする」ということを自分なりに考え、実践して修士論文にまとめました。

 

大学院を修了後は京都市内の自宅兼工房に機を置いていましたが、夫と結婚するタイミングで京都市内から少し離れたところに工房を移しました。築100年ほどの古民家で、そこで綿の会などを開催していました。コロナが流行したのと妊娠が重なり、人を呼んだりする会は開催しにくくなってしまいましたが…。

 

今年の夏に、今住んでいる京都市北部の家へ引っ越してきました。こちらも築150年ほどの古民家です。家の近くに夫がいくつかの畑を借りて農薬や化学肥料は使わない方法で野菜を育てています。

私も畑で綿花を栽培しています。栽培した綿を紡いで糸にして、作品の全てをまかなうことはまだできていませんが布を織ります。

 

自宅も大きな修繕は大工さんにお願いしてやってもらいましたが、今後、少しずつ自分たちで整えていく予定です。

大苗さんの手仕事は暮らしや生き方と密接につながっているように思います。

今後はどのように制作をしていかれますか。

ー大苗さん

一言で伝えるのは難しいのですが、私は環境教育が盛んな時期に教育を受けました。ですので、地球に対して、根本的に罪悪感を持って暮らしているというところがあります。

このまま人類がやりたい放題していて生きていることで、結局自分たちの首を絞めているのではないかというような将来への恐怖感というか…。

 

地球の調和のために、人が生きているだけで悪い影響を及ぼしているのではないかと言うような、そんな感覚がいつもどこかにあります。

自分はそれの罪滅ぼしみたいなことをしたいと言う気持ちがあります。

 

ものを作るということは、結局ゴミを残すということになるじゃないですか。建築やアートも面白いことを訴えているかもしれないけれど、それが将来ゴミとして残るのはどうなんだろうと考えてしまいます。

 

作りたい気持ちはあるけれど、作ったものが地球に悪い影響を与えて残ってしまう、それがとても嫌なのです。

どんな形で作ったらいいだろうということをずっと考えているのですが、それに対する答えが自分たちの身の周りのものを自分たちで作って消費し、循環させていく「持続可能型社会」なのではないかと思っています。

なにも生み出さない、なにも残さない、でも暮らしは充実するということが自分の悶々とした気持ちへの答えでした。

 

私は「恐怖心」というものは「戦い」につながると思います。「恐怖」があることによって相手を威嚇したり、大きく見せたりすることが少しずつ重なって争いが生まれるのではないかと思います。

ー大苗さん

手でものを作るということがひとつできたら、何かがあった時にこれで何とか自分が生存できるぞという「安心感」をもたらしてくれると思うのです。

たくさんのものが便利に工場で生産されるようになった現代でも、そういった意味で手でものを作ることには意味があると思います。

 

自分は何を作りたいのだろうと思った時、私は繊維、布に興味がある。布にもいろいろな種類の布がありますが、土から作る、最後は土に還る、そこを大事にすることによって自分の中の矛盾を解消し、また社会に対して問いかけられるようなものができるのではないかなと思っています。それをベースに今後も布を織っていくのだと思います。



[取材・撮影]: 遠藤ちえ / 遠藤写真事務所 @chie3endo