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Interview10/ SPIN HOUSE PONTA 本出ますみさん後編



 【本出ますみさんプロフィール】

ウールクラッサー(Wool Classer・ウール格付け人)

羊の原毛屋SPIN HOUSE PONTA、スピナッツ出版代表。

1958年生まれ、1984年に京都で原毛屋を始める。

1991年にニュージーランドのリンカーン大学にて、ウールクラッサーの資格を取得。

2012年より正倉院花氈の素材を研究。

スピナー、羊飼い、メーカーをつないで「羊と羊毛のある暮らし」を模索する羊マニア。

 

【著書】

「羊の本 ALL ABOUT SHEEP AND WOOL」(2018)スピナッツ出版

「世界のひつじめぐり」(2016)グラフィック社

「正倉院起要」37号(2015)、42号(2020)

 正倉院の花氈に関する報告―素材―、宮内庁正倉院事務所 他多数

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https://spinhouse-ponta.jp/

・JAPAN WOOL PROJECT hhttps://spinhouse-ponta.jp/jwp/

・Instagram ID @spinhouse_ponta

YouTube 羊のポンちゃんねる

 

 



本出さん活動の中でも正倉院宝物の毛氈(もうせん)の研究は興味深いです。こちらのお仕事について教えていただけますか。どのようにして参加することになったのでしょうか。

 

― 本出さん

正倉院の研究員の方が素材研究の分野で参加してほしい、とお声がけくださって、2011年から毛氈の研究 正倉院紀要 第38号・42号掲載に関わることになりました。

 

それまでに、雑誌SPINNUTSで資料掲載の許可を正倉院へ依頼していた経緯はありましたが、まさか毛氈の研究に声がかかるとは思っていませんでした。

私が羊毛のイベント「光る羊」、「ヒツジパレット」を主催していた活動を研究員の方が見てくださっていたのかもしれません。

 

大学院で専門的な研究した経歴のない私が正倉院の紀要に関わるのは、異例だったと思います。

正倉院の倉に入り、破壊検査ができない資料を顕微鏡で観察し、落ちた繊維片を集め、断面を撮影し、素材を究明するということを長い時間をかけて行いました。

 

長く花繊(かせん)は古品種のカシミヤと考えられていました。

でも、カシミヤはフェルト化しない。実際にフェルトを自分で作ったことのある人なら皆不思議に思うはずです。

長い間研究者が実際に実験もせずに通り過ぎてきた部分を「実物から学ぶ」という視点で修正することに関われたことは大きかったと思います。

 

2011〜2012年に第37号をまとめ、42号で総括をしました。テンプレートを作り、考察を積み上げ、完成までに約5年かかりました。

 

繊維は劣化しやすく、ものとして残すこと自体が難しい素材です。

 

実物が残っていれば、未来に再現できる人が現れます。何百年途絶えた技術でも、実物があれば復元できる可能性がある。

技術的なことは、実物を見て、触って、やってみなければわからないと思います。

 

1300年前の(きれ)が残る正倉院の存在は奇跡に近い。歴代の守り人の努力のたまものですね。

 


 

様々な活動の傍らでウールクラッサー(羊毛の格付け)の資格を取得されていますね。

また、同時期にさまざまなイベントも開催されています。

 

― 本出さん

原毛屋を始めた当初はトラブル続きでした。

これは本腰を入れて羊毛を学ばなければいけないと思い、1991年、ニュージーランドに渡り、リンカーン大学で半年間ウールクラッサーの勉強をしました。

 

授業は、羊毛を触って番手を当てる試験が一日に二回。

羊種の違い、ダメージの影響、理論と実践を徹底的に学びました。

何百年も積み重なった知恵が教科書には詰まっていると実感しました。

 

同時期、1990年から神奈川フリースデーが始まり参加。2011年には国産羊毛コンクールを開催しました。

50代になって「何か熱中できることをしないと」と思い始めた「ヒツジパレット」は、京都文化博物館で4日間開催し、来場5万人、303名の作家が参加して47のワークショップを実施しました。

発表の場を求めていた人たちの熱気がありました。

 

さらに、2019年から携わっているJAPAN WOOL PROJECT(ジャパンウールプロジェクト、以下JWP) 協議会。こちらについて教えてください。

 

― 本出さん

日本には戦後、100万頭の羊がいました。

しかし貿易自由化以降、メリノ羊毛がオーストラリアから輸入されるようになり、国産羊毛は激減。100万頭いた羊がわずか10年で約2万頭まで減ってしまいました。

2万頭まで減ってしまうと、羊毛を集めることができなくなってしまいます。

さらに、1998年には原毛を洗う工場が日本国内から無くなってしまいました。

 

現在、トップ2〜3%の良質のフリース(羊毛)だけがスピナーに求められ、残りの90数%は製品化がされていない現実があります。私はそれにずっと後ろめたさを持っていました。

 

2018年、尾州一宮の製織工場の社長伊藤核太郎さんが京都に訪ねてこられました。

「国産羊毛を使って製品作りをしたい」というのです。

ここからJWPがはじまりました。

 

JPWの取り組みは、「欲しい物を欲しい時に欲しいだけ」という今までの大量生産の考え方とは真逆の、「牧場から始まる 今ここにある羊毛からつくる ものづくりの新しいシステムづくり」へのチャレンジです。

 

イギリスには70種以上の羊がいます。在来種はその土地の病気や気候に適応しているのです。メリノだけが消費される現代社会では多様な品種が失われていってしまいます。

 

私は、サフォークやポールドーセットなど、日本の風土に合う 今ある羊種を守りたい。羊種を守るためには、肉も毛も消費する仕組みをつくらなくてはならないと思います。

羊種を守るためには、量産できる製品、消費がなければ維持ができないからです。

 

JWPでは日本の羊飼い、職人、店頭の販売員が自慢できるようなものづくりと需要を生み出す仕組みを作りたいと思っています。

 

 

多種多様な羊に関わるお仕事をされておられます。

今までの活動を通じて思うこと、また、これからの取り組みについてもお話しいただけますか。

 


― 本出さん

2024年12月号のSPINNUTSで特集した英国の湖水地方ブラッドフォード。

羊飼いのマリアさんとジョンさんが始めたプロジェクトを取材しました。

それぞれの谷ごとに異なる羊種があり、面白いことに、それぞれの谷ごとの羊毛でツイードの生地を作っています。

 

地元の羊種を絶やさないためには羊を使い続けること、そういう理念で仕事をしている人との出会いでした。

このように世界中に私と同じ志を持った仲間がいるということはとても心強いことです。

そういう人たちと繋がって、それぞれの場所で羊種を守る活動をしていきたいと思います。

 

ー本出さん

50年後、もし工業が止まったとしても、誰かが「やってみよう」と思ったら作れると思うような資料を残したいのです。

 

SPINNUTSには時代の断片が確かに記録されています。

羊の歴史は、人類の歴史と表裏一体です。

効率だけを追えば、羊の在来種は淘汰され、化学繊維が主流になり、羊毛の需要はさらに減るでしょう。

しかし、人間が必要としなくなった瞬間に、長い時間をかけて育まれてきた品種も技術だけじゃない、人類の文化も失われます。

 

それを「仕方がない」とは言いたくない。

羊を消費し生かす仕組みをつくること。

肉も毛も循環させること。

品種を守り、技術を記録し、次世代へ手渡すこと。

それが、いま自分にできることだと思っています。

 

SPINNUTSは、原毛を売るために始まりました。

けれど結果的に、時代を記録するメディアになりました。

 

羊の未来は、人間の選択にかかっている。

私は、その選択肢を残しておきたいと思っています。

 

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本出ますみさんへのインタビュー前編はこちらから

▶︎インタビュー SPIN HOUSE PONTA 本出ますみさん 前編


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